私がブログを書く理由

5/21編集(4/28に書いた内容を書き直しました)

※こちらの記事でも今後のことに触れています → 【ブログ】20記事達成!

以前は、私がブログを書く理由として、以下のようなことを書いていました。

簡単に結論を言えば、世の中が想像以上に変化している(していく)ことに気づいたから。そして、今までの当たり前が通用しない世の中になっていくから。

その後に「お金2.0」本の内容紹介。

この本はマジですごいんですよ……(以下略)

書き始めたときは、お金2.0の佐藤航陽さん、堀江貴文さんや落合陽一さんなど、これからの時代の価値観に触れたばかりでした。

なので、

「経済の考えが根本から変わる!」

「これからはブロックチェーンだ!仮想通貨だ!AIだ!」

と大きな社会の変化に「ワクワク」を感じ、自分も変わりたいとブログを始めました。

ただ、始めたものの明確な目的はありませんでした。

大きなこと言っているけど、よくわからない状態ですよね。自分でも「上手く言語化できてない」と思います。

ですので、書き始めて約1ヶ月たったところで、ブログを書く理由をあらためて考えてみました。

自分の正直な気持ちを表現する場

愚痴とか、不満をぶちまけるわけではないですよ。

社会や常識、そして宗教に対して思うことを発信してみたいと思ったんです。

というのも、私は体調を崩し、精神的にもボロボロになり、会社を長期間休職したことがきっかけです。自分がまさか「うつ病」になるとは信じられず、受け入れられませんでした。

私はずっと「良い子」で生きてきました。新卒入社してから仕事一辺倒。

休職をして会社を離れてみて自分自身を振返り、様々なことに気づきがありました。

・いつも「自分が他人からどう見られているのか」を気にしていたこと。

・会社的には「精神を病んだ人」でも、会社生活=人生 ではないこと。

それからネットや本からひたすら多様な価値観をインプット。

結果「自分の気持ちに正直に生きていきたい」と思うようになりました。

その考えを行動するために、ブログを書くんです。

だから、嘘をついたり、良いことを言おうと自分を偽ることはしたくない。

そうここにあらためて記しておきます。

新しい時代の生き方の模索

自ら選択したコミュニティに属する

今までは、同じ学校、同い年、同じ職場など、あらかじめ決まったコミュニティ(集団)に属することが決まっていました。

そのコミュニティの中で上手く人間関係を作れないと、仲間外れになる。そして生きづらくなります。

私は「会社の中で認められなければならない」と一生懸命頑張っていました。決して間違ったことではないです。が、会社が全てではありません。

所属するコミュニティは、ネットの中でも、趣味のグループでも、どこでもいいんです。

心置きなく素でいられる居場所があれば。

その中に「宗教」というカテゴリーも考えるのが当たり前になる。

それが私の発信したいことです。

肩書きが意味をなさなくなるこれからの時代で、自分自身の軸や思想を持っておくことが大切になります。でないと、いつも他人のことを気にして、他人の望む人生を歩むことになりかねません。

教祖の言うことなんて100%信じなくてもいいんです。無理ですよ。聖書だって解釈の仕方は無限にあります。

「自分の方向性・土台はこれ」と言える自分になり、その考えを他人の共有できることは内面的価値が高いです。

どんなコミュニティであっても新しく入るのは怖い。でも、合わなければ他のコミュニティに行けばいい。そんな軽い気持ちでいいんじゃないですか。

これからの子育て

「時代は変わる」とよく言いますが、今は本当に大きな価値観の変化が起こっていますね。

・「ロボットが人間の代わりに働くようになる」ドラえもんの世界みたい。

・国だけでなく、個人がお金を発行できるようになる。

・バーチャルと現実の境目が少なくなる。「マトリックス」の世界。

こう言われて、親として自分が受けた教育を子どもに与えていいのか?と思うわけです。

私は2児の父ですが、「子どもたちが15歳になる頃にはどんな世界なのだろうか」とよく想像を膨らませています。

教育(教えて育てる)という言葉も当てはまらない時代かもしれません。

テクノロジーが発展することは間違いありません。

2歳でスマホを操作するわが子を見て、親が子どもに新しいテクノロジーを教えてもらうときが来るだろうと考えたりします。

社会で活躍する人や世の中の流れに敏感になる。そして、その時々に考えられるベストな子育てを実践して、ブログで発信していきます。

余談ですが、「教育」でなく、「子育て」という言葉にしているのは意味があります。

「教育」は主語と目的語が曖昧ですが、子育ては主語が「親」で、目的語は「わが子」です。

そして、「子育て」が当てはまる時期は、子どもが自分で物事の真偽や善悪を判断できるようになるまでだと考えています。

「三つ子の魂百まで」と言います。どんな習い事をさせるかも大切ですが、親子がどのような関係を築くのかが大切だと、私は考えます。

どこまでいっても、親子(家庭)が人格形成の基礎です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

では、また。

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コメント

  1. 名古屋人 より:

    明日に期待します(^^)