子どもを子ども扱いするな

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GW真っ只中。
「どこかに出かけない?」という夫婦間の無言のコミニュケーションの後、公園に行くことを提案。

2歳と0歳の子どもがいる家庭にとって、外出先は限られてきます。
ファミリーにおすすめと検索しても、5歳あたりが対象になってたりして、ため息をつくことが多し。
とりあえず、無難に公園を選択。

家族で公園にお出かけ、なんともほのぼのした平和な響き。

遊園地に連れて行くとも考えたが、自分が楽しめないので却下。行列に並んでまで、乗り物に乗りたいとは思わない。

一つ付け加えるならば「子どもがどうしても乗りたいと主張するなら」考える。子どもが自分の意思を言語化できない段階で、遊園地に連れて行くのは、子どもよりも親が楽しみたいのではないですか。

2歳児にとって、公園のすべり台と遊園地の乗り物の楽しさは同じくらいでしょう。

むしろ、自分で好き勝手遊べる砂場のほうが楽しいでしょ。

「そんなはずはない。いろいろと経験させてあげるべきだ」
そう考えるのもごもっとも。

遊園地に連れて行くは否定しません。が、親が行きたくもないのに、「子どものため」と思っていくのは違いますよね。

特に、ディズニーランドより本屋が好きな父親にとっては。

最近、親として「子どもの教育する」といっても何ができるか、と悩みます。

親として、「言うことを聞きなさい」と言うたびに「自分の言っていることは正しいと言い切れるのだろうか」 と疑問です。

「静かにしなさい」「早くしなさい」

なぜ静かにしなければならないのか、なぜ早くしなければならないのか。

ほとんどが、親の都合。

ときに子どものほうが正しいかもしれないとすら感じます。
楽しくて気持ちが高揚して叫ぶ。寝ているところを起こされ泣く。上手く靴が履けなくて泣く。感情を素直に表現している。

「いつまでも素直に感情表現したら、オトナになって困るだろう」
そう思うかもしれない。

しかし、その「オトナになって」という時代は、自分たち(親)の常識は通用しない時代になってますよ。

なので、親として子どもにどうこうというよりも

親が自分自身の人生を楽しそうに生きていくことが、一番良い教育となる。
最近そのように考えるようになりました。

とはいえ、そう考えると
もっと自分に正直に生きたらどうだ、と自分自身に思う今日この頃です。

では、また。

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コメント

  1. いたずらきかんしゃ より:

    親の後ろ姿は一番の教材ですよね。

  2. 名古屋人 より:

    昨日行った親子カフェで、3歳くらいの子がある友達を殴って泣かせてしまった。怒った手を挙げた子供の親は、子供になんで殴ったの?と言いながら頭を叩いていた。こういうことかと合点が言ったよ。